TOPHOTASの目 分析・解説記事大学入試小論文
  大学入試小論文
3. 大学入試 小論文 導入の経緯 共通1次試験
3)大学入試に小論文が導入された経緯1

 そもそもなぜ,大学入試に「小論文」という試験科目が登場したのか.この経緯をたどっていくと,「小論文」試験の本質が見えてきます.ちょっと長いですが,ここに分析・解説いたします.

導入の発端
 小論文が,大学入試で本格的に課されるようになったのはいつからでしょうか.まず,ここから考えてみましょう.小論文の大学入試への導入については,私は2段階に分かれていると考えています.

●第1段階 1978年度入試〜
<共通「1次」試験の特徴>

 まず,第1段階,これは1978(昭和53)年度入試(1979年1月〜3月実施)からです.この年がどういう年かわかりますか?センター試験の前身を「大学入試共通第一次学力試験(以下「共通1次試験」)」といいましたが,実はこの共通1次試験が始まった年なのです.

「共通1次試験」とはどういう試験だったのか
 それではこの「共通1次試験」というのはどういう試験だったのでしょうか.「今のセンター試験のようなもの」と考えていただければ大差ないのですが,無論,まったく同じではありません.まず,すべての受験生が5教科(英国数社理)7科目(社会と理科が2科目ずつ,つまり,日本史と世界史,化学と物理といった感じ)必須受験でした.さらに,それまで旧国立大学は,一期校二期校に分かれていて(今でも受験業界では「あそこは旧二期校だ」,といった表現が一部残っています.さらに,「旧帝国大学」等という表現も稀に耳にしますが,これはさらに昔の旧制時代の呼び方です),受験のチャンスはそれぞれ1回ずつ,つまり,国公立大学への受験のチャンスは2回あったのですが,「共通1次試験」導入時に,この一期校二期校の区別が撤廃され,国公立大学の受験のチャンスは事実上1回しかなくりました.前期日程,後期日程といった区別がなされるのはもっとずっと後のことです.

国公立大学の1次試験
 なぜ,このようなお話をするかというと,「共通1次試験」と今のセンター試験の本質的な違いをお話したかったからです.「共通」「1次」「試験」という言葉をよくご覧いただければお分かりのように,この試験は,要は国公立大学の1次試験なのです.事実,この時代,私立大学は参加しない,というよりできなかったのです.国公立大学も共通1次試験が実施される前は,各大学で独自に1次試験,2次試験を実施していました.もちろん,1回しか試験を実施しない大学もありましたが,そういった方法論も含めて各国公立大学は独自に入学試験を実施していたのです.その各大学で実施していた「1次試験」を1本化しよう,それこそ各大学「共通」で実施しよう,ということで始まったのが,まさに「共通1次試験」なのです.

2次試験について,採点可能人数まで受験生の数を絞ることが第1の目的
 この観点で改めて「共通1次試験」を見てみると,いろいろと見えてくることがあります.まず,「1次試験」の性質です.これはどの試験でも足切り試験,というと言葉が悪いですが,要はより採点に手間のかかる2次試験について,採点可能人数まで受験生の数を絞ることが第1の目的です.従って,難易度の高い問題は不要で,基本的な問題で十分なのです.もっともその分,高得点の争いとなる傾向があります.さらに,「国公立大学」の「1次試験」という点.高校等でもそうですが,国公立というのは,どうしても私立より文科省の意向に沿う必要がありますから,入試は原則5教科(英国数社理)ですね.高校入試では中学校の勉強を,大学入試では高校の勉強を,(例えば「英数国」とか「英国社」のように)変に偏ることなく満遍なく勉強することが望ましい,とされているからです.
 こういった性質はすべて「共通1次試験」に盛り込まれていますね.

全問マークシート方式
 実は,もう1点,「共通1次試験」には大きな特徴がありました.それは全問マークシート方式,つまり客観問題だったことです.今でこそ当たり前のマークシート方式ですが,当時はこの「マークシート」という言葉すらまだ新鮮さを持っていた時代です.受験生は試験前にそれこそ大真面目にこのマークの仕方の練習をしたりしていました.当然,こういった出題方法には批判も多く出されました.俗に「マルバツ問題」(要は選択肢の○か×かを答える問題だから)等といわれ,この共通1次試験が実施された頃の高校生は,本人には責任がないばかりか,むしろ被害者といってもいい立場なのに,「共通1次世代」等といわれ,「人生におけるすべての問題を○か×かのどちらかで考えてしまう(ショーモナイ)世代」等と揶揄されたものです.

 しかし,共通1次試験が導入されたのは,もちろん,それら高校生の都合ではなく,100%大学側の都合でした.要は,子どもの数が増え,大学進学率もあがり,さばききれないほどの受験生が大学に殺到したからなのです.大学のマスプロ化,500人も1000人も入る「階段教室」でのマイクを使った講義といった都心の私立大学の現状が問題視されたのはこれより少し前の話です.当然,都心の私立大学ではとうの昔にマークシート方式が部分的ながらも導入されていました.その波がいよいよ国公立大学にもおしよせてきた,というわけです.
 以上でお分かりのように,マークシート方式というのは,受験生の増加で人力での採点が不可能になったため,導入されたものなのです.

 「小論文の話はどうなったのよ」といった感じでしょうが,お待たせしました.いよいよ話は小論文に入ってゆきます.

<共通1次試験と小論文の関係>

解答・配点を公表し,受験生が自己採点できるようにした
 さて,受験生が殺到し,人力での採点が不可能になったため,導入されたマークシート方式による共通1次試験が多くの批判を受けたという話をしましたが,大学側もその批判に対して「その通り,よくないですね」というわけにはいきません.解答・配点を公表し,受験生が自己採点できるようにしました.さらに,今までの大学入試では原則認められなかった問題冊子の持ち帰りも認めました.これは非常に大きな変化です.なぜなら,自分の解答を書き込んだ問題冊子を持ち帰ることにより,公表された解答・配点と自分の解答を照らし合わせることにより,ほぼ正確な自己の点数を把握できたからです.これは今でこそ当たり前のことですが,当時,大学入試では,合格・不合格が伝えられるだけで,そういった情報はまったく公表・開示されることはありませんでした.しかし,共通1次試験では,受験生は公表された解答・配点をもとにした自己採点の点数と予備校等の資料により自分の全国受験生の中での位置を考え,出願する国公立大学を選ぶことができるようにしたのです.

大学独自に実施される2次試験にも変化が起き始めた
 さらに,大学独自に実施される2次試験にも変化が起き始めました.共通1次試験である程度まで受験生を絞り込みますから,各教科,採点にある程度手間のかかる問題,例えば「記述式」の問題がたくさん出せますね.そして大学の中には究極の記述問題,客観テストに対して主観テストと呼んでもいい,「小論文」を出題する大学も出始めたのです.確かにそれまでも大学入試において「作文・小論文」が課される事はあったのですが,その多くは「高校時代の思い出」とか「大学に期待すること」といった,「小論文」というより「作文」といった性質の問題が主流でした.それが,共通1次試験が導入されたことにより課せられた小論文は,課題文型小論文の本格的なものが中心で,小論文の本格的出題はここからスタートしたといっても過言ではないでしょう.
 なお,これから3年後,1981年から慶應義塾大学法学部は,それまでの4教科(英国数社)(+2次試験で面接と作文)を改め,数学と国語の学科試験を廃止,新たに「論述力」という試験を課しました.これが以後の小論文試験の一つの方向性を示す問題で,同法学部は,現在でも同趣旨の「論述力」試験を課しています.ちなみに,1981年第1回目の「論述力」試験の課題文は,三木清の『哲学ノート』だったと思います.いきなりハードでしたね.

注)紛らわしいので,本稿では下記表記統一します.
 ※1. 高校の「地歴科」「公民科」→「社会」もしくは「社会科」
 ※2. 旧国公立大学,国公立大学法人→「国立大学」もしくは「国公立大学」


「●第2段階 1988年度入試〜 <「共通1次試験」から「センター試験」へ>」に続く

 
大学入試小論文
1. 大学入学後に必要となる力
1) 大学では何を訓練するのか
2) 「科学」を研究するには何が必要か
3) なぜ大学入試で小論文が課されるのか

2. 大学入試
1) 大学入試 入学試験の性質
2) 大学入試 作問者側から見た入試問題

3. 大学入試 小論文
1) 小論文は他の教科・科目とは根本的に違う
2) 入試科目としての特殊性
3) 大学入試に小論文が導入された経緯1
4) 大学入試に小論文が導入された経緯2
5) 小論文の分類 課題文型と一行問題型


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