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帰国子女にとって「国語」は鬼門か(2)

帰国子女試験の目的
 帰国子女の多くは中学入試にしろ高校入試にしろ大学入試にしろ「帰国子女を対象とした入学者選抜制度(以下、帰国子女試験)」を利用します。この選抜では英語力のチェックが非常に重視されていますから、彼らの長所が生かせる懸命な判断です。しかし、そこで必ずといっていいほど同時に問われるのが国語力です。時には「面接」や「作文・小論文」といった形で問われ、時には「国語」の筆記試験といった形で問われます。「国語」の筆記試験といっても帰国生専用の問題の場合もありますし、一般生と同じ問題を解かされる場合もあります。これが我が帰国子女諸君を悩ませます。「なんで国語の試験があるのだろう」というわけです。この点について少し考えてみましょう。

なんで国語の試験があるのだろう
 こういう時はそもそも論に戻って考えると答えが見えてきます。そもそもなぜ学校は帰国子女試験を実施するのでしょうか。それは少しでも英語ができる生徒がほしいからです。政府の方針というのもありますが、メインは英語ができる子がほしいんです。なぜなら、日本の大学は圧倒的に英語重視の入試をしているからです。学校には卒業後の進路という出口の責任があります。卒業生を少しでもいい大学に入れたいのです。だから高校なら英語ができる生徒がどうしてもほしい。一方、大学でも英語ができる学生ほど「よい就職」をしている例が多いから、就職に責任のある大学にとっても英語のできる学生は欲しいのです。また、将来研究者となるべく大学院に進学するにも英語力は最重要となります。とにかくあっちでもこっちでも英語のできる人材を探し回っているというのが、わが国の実情です。ここで私は「それこそ、学校教育としての英語がうまくいってない証拠じゃないか。問題だ!」等と拳を振り上げて一席ぶとうというのではありません。客観的に現状を分析しているだけです。さて、ここまで読んだ諸君は当然一つの疑問が頭に浮かびます。「だったら、英語力だけ見て、国語の試験なんかしなくてもいいじゃないか」ごもっとも。なぜ国語を課すか。「そこはね、やっぱし日本の学校だからね、伝統としてね、国語ができないとね……」という歯切れの悪い理由ではもちろん、ありません。

 ちょっと想像してみてください。ここに英語がペラペラだけど日本語がからっきしの中3の男の子がいます。名前を仮に、チャーリーとしましょう。純然たる日本人だけどチャーリーです。チャーリーはずばぬけた英語力が評価され、県で一番の高校に入学しました。チャーリーの合格には誰も疑問を持ちませんでした。さて、高校生活が始まります。4月こそ楽しそうに高校に通っていましたが、5月、6月とチャーリーの顔は曇っていきました。やがて笑顔が消えてしまいます。どうしてでしょうか?チャーリーは日本語がほとんどできなかったため、まず英語以外の授業についていけません。数学や体育等はかろうじてついていきましたが、国語、世界史、地理、生物、地学といった科目はまったく授業が理解出来ません。内容が高度云々の問題以前に、文字通り知らない外国語を聴いている気分なのです。というより、チャーリーにとって日本語は、その知らない外国語そのものなのです。最初こそ英語が得意な級友がなにかとフォローしてくれましたが、なにしろ県一番の進学校です。友達とて次第に自分のことだけで精一杯となり、チャーリーは孤立していきました。多くの友達と話すのには通訳が必要で、通訳を買って出てくれていた友達も次第に離れていったのです。行事への参加もままなりません。夏休みを前にチャーリーの姿は学校から消えました……なんてことにならないようにしたいわけです、学校としては。

 だから、その学校に入学する他の生徒と日本語でコミュニケーションがとれる程度の日本語力はもちろん、当該学校レベルの授業を聞いて理解し、時には議論にも参加できる程度の日本語力が必要なわけです。それをチェックするのが「面接」や「作文・小論文」であり「国語」の筆記試験であるわけです。

(3)へ続く



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