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はじめての文語文法 第一回講義(二)

1−2 なんで文法を勉強するの?
 そもそも文法というのはなぜ学ぶ必要があるのでしょうか。文法なんか知らなくても多くの人が日本語をちゃんと話しています。その上、昔の日本語の文法である文語文法を学ぶ必然性はどこにあるのでしょうか。


そもそも文法って何のために学ぶものなのか
 なぜ文法を学ばなければならないか?外国語であれば多少理解できなくもないが、日本語の文法なんか知らなくたってちゃんと毎日話しているじゃないか、という気になりますよね。確かにそういう面はありますよね。母国語であれば、子どもは大人の言葉を真似しながら、自然と正しい日本語を覚えていきます。それなのになぜ、というわけです。
 そもそも日本で「文法」を学ぶようになったのは江戸時代といわれています。もちろん、この頃はまだ「文法」などという言葉はありませんでした。この頃、学問の中心は漢学であり、蘭学でした。いずれも外国の学問です。その中で、日本独自の文化、思想を日本の古典や古代史から見出していこう、という考え方が起こったのはある種、必然的な流れでした。古典では『万葉集』や『古事記』、『古今和歌集』等を中心に研究が行われました。これが「国学」です。この中で『古今和歌集』から多くを学ぼうとした人たちは、江戸時代当時既に古典(例えば『源氏物語』と『奥の細道』で使われている言葉を比べてみてください)だった『古今和歌集』を真似た歌を詠もうとしたとき、言葉を分析する必要を感じ、古今集で詠われた歌の言葉の仕組みの研究を始めました。これが私たちが学習している「文法」の原型です(といっても内容的つながりはありません。また、例によって非常に大雑把な説明です)。
 まとめましょう。江戸時代中期、それまでの漢学に加え、蘭学等外国の学問が中心となった頃、当時の日本人は日本人としてのアイデンティティーを古典に求めました。しかし、当時、平安時代を中心とする古代文学・古代史の資料等は、既に古典となっており、当時とはかなり異なる言語で書かれていた。そこで、まず言葉の解明の必要を感じ、ことばのきまりの解明、すなわち文法の研究が起こった、というわけです。
 外国文化の大量流入、それに伴う日本人のアイデンティティーの喪失……なんとなく、現代の話をしているように感じませんか。すると、現代人も日本人としてのアイデンティティーを取り戻すには、古典といわれる文学作品を読んだり、古代史の歴史資料を読んだりするといったことも一つの方法になるかもしれません。
 ただし、それらを読みこなすには必須の知識があります。その一つが「文語文法」というわけです。


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